大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和26年(ナ)20号 判決

原告 高倉哲雄

被告 大分県選挙管理委員会

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「昭和二十六年四月二十三日施行された大分県玖珠郡野上町長選挙における訴外佐藤元紀の当選の効力に関する原告の訴願について、被告が同年八月十七日なした裁決は、これを取消す。右選挙における右佐藤元紀の当選は無効であつて、訴外高倉金吾の当選が有効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求の原因として、

第一、原告は、昭和二十六年四月二十三日施行された大分県玖珠郡野上町長選挙に於ける選挙人であるが、右選挙に於て、訴外高倉金吾、佐藤元紀の両名が立候補し、開票の結果同町選挙会は、訴外佐藤元紀を得票数千四百二十五票で当選人と決定し、得票数千三百九十五票の訴外高倉金吾を次点者と決定した。そこで、原告は右選挙の当選の効力につき、同年五月七日野上町選挙管理委員会に対し、異議の申立をしたところ、同委員会は同月十八日異議理由なしとしてこれを棄却したので、原告は同月二十三日被告委員会に訴願を提起したところ、被告は同年八月十七日訴願棄却の裁決をした。

第二、しかしながら、右裁決には次のような違法がある。

(一)  本件選挙の無効投票中甲第六号証の「タカクキ」と記載された一票は「タカクラ」の誤記であるから、高倉金吾の得票として有効と解するのが相当である。

(二)  本件選挙に於ける佐藤元紀の有効投票中甲第三十二号証の一乃至五、同第三十八号証の一乃至三の八票は他事記載の投票として無効である。

(三)  佐藤元紀の有効投票中甲第三十三号証の一乃至三、第三十四号証、第三十五号証の一、二、第三十六号証、第三十七号証、第三十九号証の九票は、候補者の何人を記載したか確認し難いもの又は候補者でない者の氏名を記載したものとして無効である。

(四)  佐藤元紀の有効投票中次の(1)乃至(3)の三種類の同一筆蹟のものがあり、

(1)に属するものは、甲第七号証の一乃至三、第十一号証の一、二、第十三号証の一、二、第十四号証の一乃至五、第十六号証の一、二、第十八号証の三、第十九号証の十一、十二、十六、第二十四号証の十四、第二十五号証の五、同号証の十一乃至十三、十六、第二十八号証の七、八、第四十号証の二、第五十一号証の十、第五十二号証の一、第五十三号証の十、第五十四号の二十四、第五十五号証の二の三十二票であつて、何れもその筆蹟は、野上町役場吏員である訴外武石直喜の筆蹟と同一であり、

(2)に属するものは、甲第九号証の一、第十号証の一、二、第十七号証の一、二、第二十号証の一、二、第二十一号証の三、第二十三号証の七、第二十五号証の一、四、十五、第二十六号証の一、第二十九号証の一、二、第三十号証の一、第五十四号証の十の十八票であつて、何れも、同町役場吏員である訴外佐藤須数見の筆蹟と同一であり、

(3)に属するものは、甲第九号証の二乃至四、第十二号証の一、二、第十九号証の六、十四、十八、第二十二号証の四、九、十一、十五、第二十四号証の九、十三、第二十五号証の二、三、六乃至十、第二十六号証の一、十四、十六、十九、三十四、第二十七号証の十三、二十七、二十四の合計二十九票であつて、何れも同役場吏員である訴外高橋村喜の筆蹟と同一である。

しからば、右三種の同一筆蹟の投票総計七十九票は、前記三名の役場吏員等がそれぞれ投票用紙を不正に使用して作為した無効の投票であるといわねばならない。これと前記(二)の無効投票八票、(三)の無効投票九票とを合計した九十六票の無効投票を前記佐藤元紀の得票中から控除し、(一)の有効投票を高倉金吾の得票中に加えるときは、高倉の得票は千三百九十六票、佐藤の得票は千三百二十九票となつて、佐藤元紀よりも高倉金吾の方が六十七票得票数が多い結果となり、佐藤元紀の当選は無効であり、高倉が当選人となることとなる。もつとも代理投票はあるけれども、それは右七十九票以外であり、且つ五票にすぎない。

よつて、原告の異議申立を却下した野上町選挙管理委員会の決定を認容して訴願を棄却した被告委員会の裁決は違法であり、高倉金吾の当選が確認されるので、請求の趣旨記載通りの判決を求めるため、本訴に及んだ。

と陳述し、被告の答弁に対し、被告は投票が何人の筆蹟であるかを判定させることは投票の秘密を侵すこととなつて許されないと主張するけれども、それは正当な投票の場合にのみ適用する理論であつて、不正投票を判定してその投票が何人の得票中に存在するかを明かにすることは、選挙の公正を期する上からも寧ろ望ましいことであつて禁じられるべきものではないと附陳した。(証拠省略)

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その答弁として、原告主張の事実中第一の事実並びに原告主張の各甲号証の投票が存在する事実は、これを認めるが、右投票の効力に関する原告の主張並びに見解はこれを争う。したがつて右裁決は適法である。

(一)  原告が候補者高倉金吾の有効投票であると主張する甲第六号証の「タカクキ」と記載された一票は、候補者の何人を記載したかを確認し難いもので無効である。

(二)  原告が無効であると主張する投票は何れも佐藤元紀の有効投票である。即ち

(1)(イ)  原告主張の甲第三十二号証の一は三字消して「佐藤元キ」と書き直したもので、特別の記号や符号を施したものとは思われないから他事記載でない。有効とすべきである。

(ロ)  甲第三十二号証の二は「時松」と書かんとして中途でやめ、これを消して「佐藤元記」と書いたものであるから他事記載でない。

(ハ)  甲第三十二号証の三の氏名の外の記載も、その位置態様から見て、特に記号もしくは符号とするつもりで殊更に記入したものと認められないから他事記載ではない。

(ニ)  甲第三十二号証の四は「紀」の字の位置からみて、紀の字を書かんとして「一」となつたもので、それを消して紀と書いたものであり、且つ「もとき」と振仮名をつけたに過ぎないから、他意ある記載とは認められない。有効と解すべきである。

(ホ)  甲第三十二号証の五は「元紀」を「紀元」と書き誤つたので、「レ」の送り点をつけたもので、固より他事記載でない。

(ヘ)  甲第三十八号証の一は字の位置からみて、「元」と書かんとして誤つて「タ」と書いたので、それを消して書き直したもので、他事記載でない。

(ト)  甲第三十八号証の二は、「佐藤元紀」と書いたが末字を消してその下部に「紀」と明確に書き直したもので、これも他事記載でない。

(チ)  甲第三十八号証の三も、字の位置からみて、「紀」の字を書き損じたので消して書き直したものに過ぎない。

(リ)  甲第三十三号証の一の「サトモトキチ」同号証の二の三各「佐藤元吉」第三十四号証の「佐藤正記」、第三十五号証の一、二の各「佐藤元信」、第三十七号証の「佐藤元範」の七票は、いずれも、「佐藤元紀」と書くつもりで、これを誤記したものであつて、候補者が高倉金吾と佐藤元紀の二名に過ぎないのであるから、選挙人の意思が、佐藤元紀に投票するにあつたことを推測するに十分であり、有効な投票である。

(ヌ)  甲第三十六号証も名に相当する下部の二字は非常に拙ずい書き方であるが、「元紀」と読むことができ有効である。

(ル)  甲第三十九号証も「サトモトキ」と書かんとしたが字を良く知らないため「モ」を書き損じ「ト」を落したことが窺えるから、固より有効である。

(2)  原告は佐藤元紀の有効投票中に三種類の同一筆蹟のものが七十九票あると主張するけれども、右七十九票がその主張の如き訴外者三名のものの同一筆蹟であることはこれを否認する。右票数中に多少の同一筆蹟のものがあつたとしても、野上町の第一乃至第三投票所に於ける代理投票の数が六十九票あり、しかして一票の代理投票に二名の補助者を要し、一名が代筆し一名が立会人となるのであるが、その補助者となつた者は十二名であつて、内一名だけが選挙権を有しないだけで、他は有権者であつたし、又右投票所における不在者投票の代理投票も七十三票あつて、その代筆者七十名のうち六十一名が有権者であるから、同一筆蹟の投票が相当多数存在することは当然である。従つてこれを直ちに不正投票と目することはできない。なお右七十九票の同一筆蹟についての鑑定の結果を比較検討するときは、その鑑定がまちまちであつて、軽々に措信し難く、この種の鑑定資料では正確を帰し難いものといわねばならないのみならず、武石直喜外二名の者の投票が多数存在するというが如きことの調査は、無記名投票制度の下において、投票の秘密を確保する上からも許されないことである。

しからば、本件町選挙管理委員会の決定を正当として、本件訴願を棄却した被告委員会の裁決は適法であり、原告の本訴請求は失当であると陳述した。(証拠省略)

三、理  由

原告主張事実中第一の事実並びに原告主張の各甲号証に該当する投票の存在する事実(右各投票に関する原告の見解はこれを除く)は、当事者間争のないところである。

よつて、本件係争の各投票が有効であるかどうかについて検討することとする。

第一、選挙会が無効と決定した投票中、原告において高倉金吾の有効投票と判定すべきものだと主張する甲第六号証の「タカクキ」と記載された一票は、第三序列の字は片仮名の「ク」と読みとることができ、末字は「ラ」の誤記と認められ、他に同一姓の候補者はないのであるから、高倉金吾の有効投票と判定するのが相当である。従つて高倉金吾の得票数は千三百九十六票となる。

第二、原告は佐藤元紀の有効投票中の甲第三十二号証の一乃至五、同第三十八号証の一乃至三の八票は、他事記載で無効であると主張するけれども、そのうちの甲第三十二号証の一、二、同号証の四、第三十八号証の一乃至三は、誤字又は書損した文字を抹消したに過ぎず、なお第三十二号証の四は右の外振仮名を附しただけであつて、第三十二号証の三の「佐藤元記」の「記」は「紀」の誤りであり、元記の右側の抹消部分も振仮名を附しようとして書き掛けたが思ひ止まつて、抹消したものとも見られ、以上はいずれも意識的に符号その他のためにしたものとは解し難いし、第三十二号証の五の、「佐藤紀レ元」の一票は「元紀」を紀元とさかさまに書いたので、返り点を附したに過ぎないものと判定するので、右八票は佐藤元紀の有効投票であり、これを無効だとする原告の主張は採用し難い。

第三、次に原告が佐藤元紀の有効投票中同じく無効だと主張する左の九票は、本件選挙における他の唯一の候補者は、高倉金吾で佐藤姓でなく、名も相互に類似性がないところからみても、甲第三十三号証の一の「サトモトキチ」同号証の二、三の「佐藤元吉」の三票は、いずれも、「サトウモトキ」「佐藤元紀」の誤記であり、又甲第三十四号証の「佐藤正記」は、「佐藤元紀」の、第三十五号証の一の「サト元信」は、「サト元紀」の、同号証の二の「佐藤元信」第三十六号証の「佐藤六紀」第三十七号証の「佐藤元範」は、いずれも「佐藤元紀」の書き誤りであり、第三十九号証の「サト一ンキ」も「サトモトキ」か或は「サト元キ」の書き誤りと見られ、佐藤元紀の氏名を表示したものと解するのが相当であり、九票とも候補者佐藤元紀を記載したものと確認できるから、右九票もまた佐藤元紀の有効投票であつて、これを無効だとする原告の主張も理由がない。

第四、なお原告は、佐藤元紀の有効投票中七十九票について三種類の同一筆蹟があるから、該投票は偽造されたもので無効だと主張する。成る程、鑑定人進藤鶴吉、古賀定一(第一、二回)有元有蔵は、右七十九票中に同一筆蹟の投票がそれぞれ存在する旨の鑑定をしているけれども、右各鑑定は、相互に矛盾並びに不一致の点が多く、これと鑑定人篠田周太郎の鑑定の結果とを比照するときは、前記鑑定人古賀定一(一、二回)外二名の鑑定の結果は措信し難く、他に原告の提出援用にかゝる全立証によつても右原告の主張事実は認められないので、この点の原告の主張は採用し難い。

しからば、原告の主張を認めた前記一票だけでは本件選挙の当選の結果に異動を生じないこと明らかであるから(票差なお二十九票存し、佐藤元紀が多数)本件町選挙管理委員会の異議却下決定を認容して、原告の本件訴願を棄却した被告の裁決は相当であり、訴外高倉金吾は当選人ではないので、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 桑原国朝 二階信一 秦亘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!